23才の夏。
夜明け前、カワサキのバイクZZR-400で帰省するため自宅を出発した。まずは甲州街道を東に向かい上高井戸の交差点を右折。環八通りを南下し、東京インターから東名高速に乗るとひたすら西に向かう。
背中側は白々と夜が明けつつあるが、目の前にある西側の空はまだ真っ暗で星がよく見える。都心から特急電車で20分も離れれば同じ東京でも夜空はきれいだ。しかもこの時間帯、星の瞬きを遮る明かりも少ない。
湿気が多いせいでなんとなく長袖のシャツも湿って腕に張り付いてくる感じがするが、少しひんやりとしていて気持ちがいい。じきに日が昇って背中から真夏の日差しがやってくるから、それまではなるべく遠くまで走ろうと思う。
4~5時間経っただろうか。まだまだ朝の時間帯なんだけど背中にジリジリとした熱を感じるようになった。ここからはこまめに長目の休憩を取りながら走らないと、途中でバテてしまい1日で780kmは走れない。
次のパーキングで休憩しようと思い、走行車線をゆっくりと走っていた。すると追い越し車線を後方からスーッと追い抜いていく車がいた。濃いスカイブルーのボディカラー、見たことのないスポーツタイプの車。
「何だ!?カッコイイ!!!なんだ?この車は!!!」
流線形でボディラインが美しく、リトラクタブルのヘッドライトで2ドアクーペ、ウィングまで付いているじゃないか。それに屋根が開くんじゃないの?しかも大きい。
一瞬にして目を奪われ離れられなくなった。あんまり近くを並走するのは怪しまれるので、少し距離をとりながら観察させてもらった。メーカーはフォード、車名はPROBE。プローブ?知らない。だけどフロントもウィンカーもブレーキランプもカッコよかった。すべて気に入った。完全に一目惚れ。衝撃の出会いとはこのことだ。
しばらく一緒に走り、ずっと並走したいけどそういう訳にもいかないので、「またいつか会おうな。」と声をかけて見送り、スピードを落として離れた。
マジでカッコよかったなぁ。外車だし上等そうな車だから高いんだろうな。いつかあんな車に乗りたいなぁ。すっかり憧れの車になってしまったPROBEという車を思い出しながらなんとなく走り続け、パーキングが来たので側道に入っていった。
速度を落とし徐行しながら駐車場を奥へと進んで行くと、なんとさっきの車が停まっているじゃないか!!
とにかく近くの空いている駐車帯にバイクを停めてそばまでやってきた。持ち主は建物の中で休んでいるようなので、今度はじっくりと観察させてもらった。前から横から後ろから斜めから立ってしゃがんで。間違いなくどこからどう見てもカッコよかった。しばーらく眺めて満足し「じゃあまた。」とあいさつをして別れた。
この後で飲んだのはいつもの微糖キリマンジャロ缶コーヒー。カラッカラに乾き切ってしまった喉を急速にうるおし、また一目惚れをしてしまった高揚感と相まって、途中で呼吸することもなく一気に飲み干した。
それから約1年後、地元に帰って就職し車を購入することを考え、知り合いのディーラーの方に中古でPROBEが出て来たら教えてくださいと頼んでいたら、本当に知らせが入った。前のオーナーは愛知辺りの人で、セカンドカーとして乗っていたから状態はいいよ。しかもグレードの一番いいやつ。もしかしてあの時の?
あの時出会ったのがその辺りだった。しかも運転していたのは60代くらいの男性。本当にあの車かも知れない。就職して間もない若者には大きい買い物だったが、最高の時間を過ごさせてもらった。もう自分も50才を過ぎているが、あんな瞬間的に惚れ込んだ車は他にはない。バイクと夏の高速道路と冷えた缶コーヒー、今でも眩しい夏の思い出だ。
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