いつ頃からコーヒーを飲むようになったのかは定かではないが、初めの頃は砂糖を入れて飲んでいた。コーヒーとか紅茶は大人の飲み物だったので、インスタントコーヒーでもティーバッグの紅茶でも飲めるようになっただけで少し大人になった気がした。
砂糖は今のようなスティックの物ではなく、ガラスや陶器の器に入っているサラサラの砂糖を、スプーンで好みの量を入れるのが主流だった。または立方体に固められた角砂糖を先が平べったいピンセットで摘まんでカップに移すものもあった。たまに頂き物などで、薔薇の花の形に固められた砂糖があり、ピンセットで摘まんだものをスプーンに乗せ、コーヒーに少しだけ浸してその薔薇の砂糖が溶けていく様子を眺めたりするのも面白かった。またコーヒーには砂糖だけではなくクリープを入れるのも普通だったから、苦いコーヒーを甘くして飲むのが一般的だと思っていた。
中学の2年生か3年生になると、ブラックで、つまり砂糖もクリープも入れないで飲むのがかっこいいと思うようになる。テレビCMの「違いのわかる男」というフレーズの影響もあり、ブラックコーヒーを一口飲んで美味そうな表情をすることに憧れるようになった。
いろいろとインスタントコーヒーを飲んでみた中で、気に入ったのが1つあった。MAXIM(マキシム)という銘柄で、苦みだけでなく酸味があった。渋みにも近いのだけど、酸味や渋みがあると味に広がりが出来る。香りもフルーティになって爽やかな感じが味わえる。だからマキシムはブラックで飲めたし、だんだんと慣れてきたせいもあってか、美味しいと感じるようになっていた。自称「違いのわかる男」になっていた。
3年生の時のクラスメイトで、休憩時間にはトランプや腕相撲をしたりして遊ぶ仲間が数人いた。その中の1人。だいたいいつもニコニコしていて、だけども力も強くて、誰とでもオールマイティに付き合える友達がいた。廊下の壁によっかかりしゃがみこんで駄弁る時間も楽しかったし、一緒にいると妙に落ち着ける雰囲気を持っていた彼、実はそいつもコーヒーはブラック派で、しかもマキシムが一番好きだった。その事実が分かった時は「マキシムうまいよなぁ。」「だよなぁ。」とブラックコーヒー派の親近感でさらに仲良くなった。
高校は別々になったし卒業以来会っていない。そういえば彼はボクシングジムに通っていて、ストレートパンチの出し方を教わったことがある。僕がそれまで想像だけで知っていたパンチの出し方とは全然違っていて、こんなに速く出せるようになるんだと驚いたことがある。きっと男らしい大人になっている彼に、僕の淹れた珈琲を飲んでもらいたい。そして彼のたまらなく美味そうな表情を引き出して「どう?美味いでしょ。」と言ってやりたい。
背伸びをしながら大人の味がわかるようになってきた頃のブラックコーヒー。今でも簡単にコーヒーを飲みたい時はインスタントを飲むし、ここ30年間で販売されているインスタントコーヒーの種類も増えたからいろいろと飲んできた。これもなかなかイケるな、と思うものもいくつかあったが、リピート率が高いのは断トツでマキシム、超ロングセラーだ。
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